序章:聖剣

 

 

 五月二日。黄翔高校、オカ研部室内。

 

 

 

「えぇ〜花のゴールデンウィークあけにこの学校に転入予定。そして! 我が部活オカ研部に入ることになった磯部綾子ちゃんです! 皆、拍手!」

 

 義理は無いので拍手をしない私。義理があるため手抜きの拍手をするマジョ子さん。イベントの楽しさに浮かれてバカみたいに拍手をする誠と――――三者三様。

 何時もの底抜けな明るさと気配りのサガをもって、留年霊児さんは用意していたクラッカーとラッパを高らかに吹きながら、紙吹雪をまく姿など、バカ丸出しで似合っている。この姿が似合う人間は、日本でも霊児さんの右に出る者はいないと思うほど。

 

「どっ、どうも・・・・・・・・・・・・」

 

 色白で長い髪の薄幸美少女とでもいうのか、霊児さんの歓迎にシドロモドロと落ち付かない様子であたりを見渡す。私は軽く目礼し、向こうすら見ずにマジョ子さんは手を振り、そして最後に誠の方で綾子さんの肩は小さく震えていく。

 

「どうもどうも! おれ、誠! よろしく!」

 

 イエイ! 何て親指を立てて霊児さんのバカが感染したかのように挨拶する私の義兄に、綾子さんは両肩を抱締め、ガタガタと本格的な恐慌の兆しが現れていく。

 

「あぁ〜マコっちゃんは、磯ッチの半径三メートル以内に入らないでね? 彼女、怖がるから?」

 

 やんわりと二度留年した霊児さんは諭しつつ、綾子さんの動悸が治まるまで優しく背中をさすっていた。そして、それが気に入らないのかマジョ子さんの目付きはさらに悪くなっていく。

 

「これじゃ、使いもんになりませんねぇ? とっとと荒治療で矯正してしまいましょう」

 

 そう言いながら、部室内にあるリングを指差し、

 

「誠、入れ」

 

 訝しげに入る誠に続き、

 

「じゃ、霊児さん。よろしくお願いします」

 

「う〜ん・・・・・・・・・あんまり、この方法とりたくないけど、しゃ〜ない。マコっちゃんのためでもあるしな」

 

 リングに上がった両者。誠は目を白黒し、霊児さんは軽くストレッチしながら誠へニッコリと笑う。

 

「とりあえず、軽くトレーニングしようぜ? 乱取りって奴さ? いいかな?」

 

 誠がオズオズと頷き――――マジョ子さんは軽くゴングを鳴らした刹那だ。

 誠の顔面筋肉が獰猛さと、眼光は戦闘者のそれとなる。

魔獣のようにゼロ距離に肉迫した誠! ゴングの音色は未だ残滓に響く中。轟音を引っさげて、霊児さんの腹部目掛けて放つボディーブロー!

 

――――しかし、そのモーションに入った誠が壮絶な打撃音を響かせ、肉迫した勢いのまま後ろに吹っ飛んでいき、ロープでバウンド。そのまま、前のめりにリングへぶっ倒れた。

 

「マコっちゃん? 本気出してくれよ? これじゃオレがイジメているみたいじゃん?」

 

 苦笑する巳堂さん。それで倒れてくれるな。と、言うような苦笑だ。いや、それより、今、何をした? 誠が殴るモーションに入る前に、あの留年バカ先輩は何をした?

 

「マコっちゃん? 大丈夫か? ちょっと、〈八発〉は入れすぎたかな?」

 

 だから、どうしてそんなに叩き込めることが出来る!?

 

「さすが巳堂さん・・・・・・・・・全弾命中。しかも、誠の攻撃を全てカウンターで合わせたとは・・・・・・・・・」

 

 言いながらマジョ子さんはティッシュを丸めて鼻の穴に詰める作業をしている。何故か鼻血を出しているし、突っ込みところがありすぎる・・・・・・・・・いや、何で? と、色々疑問に思うけど、今は捨てて置け。こんな弩S変態ロリ先輩など。

それよりだ・・・・・・・・・あの刹那の間に、誠はあの刹那に《八発》叩き込んだ。そして、巳堂霊児という留年先輩は《八発》もの打撃をカウンターで返しただと!? ありえない!

 

「ミコっちゃん・・・・・・・・・?」

 

「美殊・・・・・・・・・コラァ?」

 

 巳堂さんはこめかみを指で抑えながら。マジョ子さんは私にメンチを切る。

 

「はい?」

 

「オレは確かに留年してるけど、全部ケガでの欠席だから? 成績は確かにギリギリだけど、赤点とかは取ってないからね?」

 

「てめぇ? 今日中にその性格を矯正してやんぞ! こらぁ! キャラクターを徹底的に破壊して、語尾が《ですの〜》っていう媚び売りキャラにすんぞ、コラぁ!?」

 

 知るかよ。

 私は内心で二人に中指を立てながら肩を竦めるだけにした。

 

 

 五月二日。午前一一時四〇分。黄紋町、歩行者天国。

 

 通行人が度肝を抜いてある一団に目を向いていた。

 男はタキシード姿。

 女はメイド服に日傘。

 男女合わせて一〇名。その一団の中心に金髪で眉目秀麗と形容しても良い一六歳ほどの少年が下を向いて溜息を吐いていた。

 

「どうなさいました? ガラお坊ちゃん? やはり車に乗っての移動のほうが――――」

 

「いや・・・・・・・・・ボクが溜息を吐いているのは皆のせいなんだよ? 解る? ジェル?」

 

 日傘を差し、日の光に当てた事も無いほど白い肌をしたメイドへ顔を向けて――――ガラと呼ばれた少年はウンザリとした口調だった。

 

「そんな・・・・・・・・・我々が? ガラお坊ちゃんのご気分を害するようなことを!?」

 

「レオナード? 自覚無いの? 本当に普通の神経してる――――って、愚問だね・・・・・・・・・あの女王にプロポーズをしている時点でレオナードの精神は壊れているのを忘れていた」

 

「恋は人外人間問わず狂わすものです。それに女王にプロポーズしているのは私を含めて一〇人います。正確には女王本人が、〈プロポーズと認識しているのがたった一〇名〉と、いう意味ですが・・・・・・・・・」

 

 真顔で返された。そのうえどっか誇らしげ。しかも恥ずかしげも無く臭いセリフで。だが、地獄とルビを振りたくなるような真神京香に求婚する時点で、地獄(京香)に向かって頭から突っ込む時点で変態だ。改めて目の辺りにしただけである。しかし――――ガラは・・・・・・・・・あの〈女王〉にプロポーズする一〇人の《魔人》《人外》《狂人》――――それら男性を想像してしまい・・・・・・・・・ちょっと気持ち悪くなった。何故か、頭が痛くもなった。

 

「理解できないね・・・・・・・・・あの〈女王〉に求婚する神経が・・・・・・・・・てか、そのせいで彼女は世界中を飛び回っているんじゃないよね?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 解答は無言だが、判り易いかった。

 話はそこで終わりとばかりに、ガラはメイド長と執事の顔を見渡して、

 

「このボクはこの街に何をして来たと思っているんだい?」

 

「「「「「「「「「「一人暮らしですが?」」」」」」」」」」

 

 一〇人のユニゾン。ある意味着てる服が服だから軽くオーケストラみたいに見えてしまう。

 通行人全員、軽く引いていた。

 そして、少年の気持ちを傷付けて。

 

「違う!! ボクは武者修行の一環で一人暮らしをするの!! それなのに君たちは何をしにここに居る!?」

 

「「「「「「「「「「坊ちゃんの護衛ですが?」」」」」」」」」」

 

 捲くし立てたこの少年、ガラハド・ヴァール。

父は最古の吸血鬼にして、古き良き戦闘嗜好と戦闘美学を重んじる集団〈クラブ〉の長たるガウィナ・ヴァールと、人間の母との間に生まれ、この少年もまた〈クラブ〉戦闘会員である。

ゆえに〈魔術世界〉と〈暴力世界〉の両面を持つ鬼門街で、己を磨きたいと思うのは当然の心理である。

しかし、そんな少年の心情などガラに付き従う執事とメイドは織る由も無い。

親衛隊――――ガウィナ・ヴァールの部下たる〈獣人〉レオナード。当時の真神京香と引き分けた男――――と、《暴力世界》でもかなり有名――――と、ガラは聞いているが、そのような風格など微塵もない。特徴をあげれば、胸元を開けたら小さな女の子が泣きじゃくるような胸毛を生やした男性である。

ガラも幼少の頃からそのような目でしか見ていない。そして、幼少時、実際胸毛を見て泣いたこともある。

メイド長〈吸血鬼〉のジェル――――ガウィナ・ヴァールの親衛隊で〈第一世代吸血鬼〉であり、敵対組織である〈貴族嗜好(ロイヤル)〉と闘い続けて早七〇〇年の戦歴を誇る女傑であり、ガウィナの屋敷の清掃班でもある(暗殺者の清掃班)――――しかし、自分の部屋はゴミ屋敷であり、部下のメイドが半年に一度は掃除しないと床が貫けるのではないかと、怖れられていたりする。プライベートではモノグサっぷりで有名であった。仕事着以外ではジャージとサンダルで全てのシーズンを過ごす女でもある。

このような肩書きだが・・・・・・・・・こと戦闘のみを見るなら――――かなり頑張って、他の生活と身体的特徴と精神性に、人間性を百歩譲れば、ガラも二人を認めてはいる――――が、しかしだ。この二人はまったくと言って良いほど、ガラハド・ヴァールを一人の《男》、一人の《戦士》として認めていない。二人ともまだまだ可愛い《坊ちゃん》扱いしたいのが本音なのだ。

 そして、建前は若い戦士にある無謀さ戒めるためでもある。

 

「いいですか? 坊ちゃん? この〈鬼門街(ゲート)〉を甘く見るのは勝手ですが、この街は〈クラブ〉の戦闘会員Sランカーですら、滅多に入らない場所でもあります。それは何故か――――お分かりなのですか? ワタクシ達ですら、この街に入ったのは仕事上で三度しかないのですよ?」

 

 レオナードはやれやれと肩を竦め、

 

「ここは既に現世で存在する〈全ての闇〉が集結し、凝縮する力場・・・・・・・・・〈闇の狩人〉が跋扈する〈狩場〉。〈遊び場(クラブ)〉の範疇ではないのです。だから、この街は()クラブ(、、、)主催(、、、)()()バトル(、、、)()無ければ(、、、、)ストリート(、、、、、)()ファイト(、、、、)()ない(、、)()です(、、)・・・・・・・・・坊ちゃんはそのような場所で己を磨くとおっしゃる・・・・・・・・・自殺か、自立か、我々としては迷う所です。一人暮らしなら、黄紋町の隣に位置する蒼戸町(あおとちょう)なら我々も安心するのですが?」

 

 ジェルの意見に部下であるタキシードの男性と、メイド服の女性たちは一斉に深々と頷く様子に、癪に障るガラは柳眉を逆立てて反抗。

 

「自立に決まってるだろう!? 自殺するつもりなんてこれっぽっちも無い!! ボクは強くなるためにこの地に足を踏み入れたんだ!! レイ・ムサシノに、ボクは勝つためにこの街を選んだんだ! そのレイ・ムサシノの住んでいる街で修行したとしても、〈力〉は“並ぶ”かもしれない。でも、“超えられない”!」

 

 レイ・ムサシノ――――その名を出したガラの目に、固い決意と闘争心を垣間見たレオナードは、苦笑いを堪えつつも神妙に顔を引き締める。

 ガラハド・ヴァールがようやく見つけた目標と言える敵。だが、その敵に挑むこと五度。全て敗北だ。変化を求めても仕方が無い。

 

「ガラ坊ちゃん? そのレイ・ムサシノすら足を踏み入れない街ですよ? 次世代の〈神殺し(スレイヤー)〉と評価されている彼女ですら――――《最強》の真神京香、《最上》の如月アヤメ、《最高》の如月駿一郎らの足元にまだ到達していません」

 

「ならば尚更! 現、〈神殺し〉の住まうこの街で、己を極限にまで追い詰め、そして鍛えるのみ!」

 

 勇む若き戦士をレオナードとジェルは微笑ましく思うと同時に、やはり不安は拭え切れない。

なぜならこの街は〈聖堂〉の“第四位”が統括する土地。

〈連盟〉の“戦闘賢者(ガートス家)”が城を構えている街。

その段階で、この街は魔術世界の戦場に何時なってもおかしくはない。それも最前線だ。今は冷戦中だが、その均衡は何時崩れても不思議ではない。

 そんなレオナードとジェルの危惧を知らずにガラハドは、力強く拳を作って言った。

 

「テーゼ殿がせっかく父上を説得してくださったのだ(、、、、、、、、、、、、、、)。テーゼ殿の期待を裏切らぬためにも、ボクは必ずこの街で強くなる!」

 

 そのテーゼ――――〈反対命題〉と噂される〈最弱最狂〉は、〈クラブ〉の長たるガウィナ・ヴァールを〈説教〉で――――(へこ)ませたのが真相である。

もちろん、その現場をガラは見ていない。

ガラハド・ヴァールはただ人生の師として、〈反対命題〉を慕っているため、鬼門街での一人暮らしをしたいという相談をしたのだった。

その際、〈反対命題〉は仕事の理由もあり、ガウィナの屋敷に着てそうそう、ガウィナをケチョンケチョウンにしていたのだ。

そのやり取りを見ていたジェルとレオナードは、溜息交じりの回想に耽ってしまう。

 

 

 

『つまり、貴様は自分の息子を甘やかして殺したいんだな(・・・・・・・・・・・・・・・・・)?』

 

 言葉のボクシングで言えば、いきなり放つフェニッシュブロー。ガウィナは核心を抉られ、苦い顔となる。

 

『なっ!? テーゼ!? 幾ら君でも言葉が過ぎるぞ!?』

 

『何が過ぎる? 貴様は自分の息子をペットのように扱うことに快楽を覚えているだけだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。親バカではない。バカ親だ』

 

 作業のように、淡々と叩いて斬り捨てるテーゼの言語を浴びるたび、暴力世界1は鉛弾をぶち込まれたかのように仰け反る。

 

『苦難、苦行は若いうちにしておくのは良いことだ。そして、お前の息子はその中でも段違いに危険で苦難が渦巻く場所を自ら選らんだ・・・・・・・・・』

 

『・・・・・・・・・いや、だからね? 息子にはいらない苦労を掛けたくないのだよ? 私は?』

 

 親バカ上等な親が言う返答に、テーゼは見下し切った視線で迎え撃つ。

 

『少しは黙れ。そして、父親として子を誇れ。貴様の息子は〈父の天敵〉の住まう〈狩場〉で、己を磨くと言った。少しは息子を信用してやれ』

 

鬼門街(ゲート)には〈捕食者〉がいる・・・・・・・・・それを含めて言っている・・・・・・・・・』

 

 先ほどの情けない声音が消え去るガウィナ。

 

『お前は絶対に勝てない(・・・・・・・)だが、お前の息子なら別だ(・・・・・・・・・・・・・・)お前の娘と息子なら話は別だ(・・・・・・・・・・・・・)

 

『・・・・・・・・・しかし、万が一が・・・・・・・・・』

 

 踏ん切りの付かないガウィナに痺れを切らした反対命題は、携帯電話を取り出して彼がもっとも頼みごとをしたくない女王に連絡。そして、その要件を承諾した京香がマジョ子に取引材料として使うことにより、〈クラブ〉は〈連盟〉ガートス家とのパイプが手に入った――――その経緯は〈クラブ〉としては有意義ではあるのだが、ガウィナには断腸の思いでもある。

 

 

 

「必ず! テーゼ殿の前で胸を張れるほどの、一人前の戦士になると誓ったのだ!」

 

 そんな経緯を織る由も無いガラの決意に、執事長とメイド長は小さく溜息を零す。

この街は――――まして最古の吸血鬼にして吸血騎ガウィナ・ヴァールが絶対に勝てない――――そう――――全ての容あるもの・・・・・・・・・生きるもの――――もっと極論的に語るのならば――――“動くモノ”には“敵”が存在する。

 常識の外――――常人にとって非常識の世界たる〈魔術の世界〉ですら。

この〈世界〉にも〈常識〉が存在する。

 それは〈人外〉であるレオナードとジェルが一番良く織っている。

〈獣人〉たるレオナードが〈獣人の狩人〉に勝てないように――――〈吸血鬼〉たるジェルが〈捕食者〉に敵わない(・・・・・)ように・・・・・・・・・

 

「すみません」

 

 何時の間にか回想が飛躍し過ぎて、考え込んでいたレオナードの近くに声が響く。どっしりとした重量感のある男の声で耳に残る。

 

「はい? 何でしょうか・・・・・・・・・?」

 

 振り向いたレオナードは、両手に荷物を抱えている男性を見上げた(・・・・)

 レオナードの身長は一九五センチ。そのレオナードが見上げるという行為をしていることに、ガラもジェルも他のメイドと執事連中も、口を開けて見上げてしまう。

目の前に立つ男性の目線はレオナードより高く、目算で二〇〇センチ・・・・・・・・・いや、二一〇センチはある。

均整のある身体は、レオナードと比較してようやく、この男が類を見ない巨躯であると解る。肩幅、骨の太さ、首の太さ、胸、胴、腰、太腿から足のサイズ――――どれをとっても常人と違う。

 そして、買い物帰りなのか買い物袋を二つ抱えていた。

 

「立ち往生されると通行する皆さんが困るのですが?」

 

 短く刈った髪型の下には、東洋人にしては珍しいほどほり深い。

 

「あっ・・・・・・・・・」

 

だが、ガラにとって、そんな肉体的な特徴などどうでも良い。

その大男を見た瞬間――――――――目を見た瞬間――――《クラブ》の一桁ランカーと対面する、あの張り詰めたの緊張が〈お遊び〉に感じてしまった。

 

「坊ちゃん」と、大男の雰囲気に呑まれて動けないガラを、大男から遠ざけるジェル。その隙にレオナード執事長は優雅に一礼。

主を守るため、主の前に決死の一歩を踏み入れての一礼。

 

「申し訳ございません。何分異国の地には不慣れでして。速やかに去りますのでご了承を」

 

「いいえ。こちらこそ余計なお世話でした。」

 

 丁寧な物腰で大男は目礼。そのまま買い物袋を抱えて、ガラたちメイド、執事たちへ目礼してから通り過ぎていった。

 その広く分厚い背中が街角で見えなくなり、濃厚に残る大男の空気が薄くなる頃だった。

 

「ぷっ――――はぁぁ・・・・・・・・・!」

 

緊張のピークか、ジェルは大きく肩で息を吐いた。その様子と、動じた姿を見た覚えの無いガラは、唾を飲み込んでジェルへ顔を向ける。

 

「――――あれは何だ(・・・)? ジェル?」

 

 何者ではなく、何かと問うガラ。

 

「――――あれは何故・・・・・・・・・人の容(・・・)をしている?」

 

 〈人の容〉として存在する事が、すでに恐怖すらあった。霊視()ただけで、あれは人の容をしているだけの化物――――人の容に擬態した百獣の王。もしくは《恐竜》としか思えなかった。

 〈吸血鬼〉や〈獣人〉ですら元・人間であり、人から派生している。

 だが――――先の男は人の容をしただけの〈何か〉――――巨大な〈何か〉。

 

「私も・・・・・・・・・実物は初めて見ました」

 

 呼吸を何とか整えようとジェルは、どうにか震える唇を制御して言った。

 

「あれは――――巻士令雄――――《捕食者》の巻士と思われます」

 

 レオナードもようやく呼吸を再開して頭を振る。

 

「または《聖堂七騎士》、第四位の《神槍》です」

 

 

 

 ルーマニア。ヴァール邸。

 

 四角いテーブルに座る者達は四名。

 腰まで届く赤い髪とベージュのスーツを着こなした女王、真神京香は左右と円卓の席に座る男たちを見渡す。

 

「それでは、何時ものように《サミット》を始めるけど・・・・・・・・・去年と変った事はあるの?」

 

「いえ、特にありません。ただこのところ〈過激派〉連中がきな臭い動きをしていましたが、なりを潜めました。ですので、ご安心を」

 

 痩せ細った青年が肩を竦めながら答え、

 

「こちらも問題はありません、女王陛下。貴族主義(ロイヤル)の幹部も地下に潜ったままです」

 

 ギリシャ彫刻のような男性が退屈そう答え、

 

「去年と同じだ」

 

 黒く混濁した――――死んだ魚のような目をし、負のベクトルを形容したかのような美男子が深い声音で抑揚なく答え、

 

「時間を無駄にしたくない。オレは帰るぞ、京香」

 

「「「まぁまぁまぁ♪」」」

 

 三人三様に、爽やかに笑顔で席を立とうとする人物を、やんわりと止めた。

そして、席を立とうとする美男子――――〈反対(アンチ・)命題(テーゼ)〉の前にファイルされた用紙が置かれた。B4サイズのありふれたファイルである。

 

「?」

 

 怪訝になるテーゼに、痩せ細った青年――――フェイト・シルバーは、頬を掻きながらテーゼの反応を確認しつつ口火を切る。

 その目は先に見せていた優男の雰囲気を漂白し、真剣の鋭さすらあった。

 

「すみませんテーゼさん。あなたの断りもいれず、我々だけで調べたんですよ? 真神(・・・)(・・・)(・・・)――――〈日食の女王〉、〈月神〉の娘――――つまりあなたの実娘(・・・・・)を」

 

 そのセリフに、表情が死んでいるように無表情だったテーゼの片眉が一ミリだけ微細に動く。

 

「時間を有効にするため、我々の話を全て聞いてから質問や罵倒をしてくれたまえ。そして、君の許可なく、このようなことを調べていた事を心から謝罪させてくれ」

 

 ガウィナはテーゼの様子を窺いながら「すまない」と、暴力世界1は地位や名誉など無視をして、たった一人の最弱に敬意を払う。

 

「京香? お前が頼んだ事か(、、、、、、、、)?」

 

 場合によっては手段を選ばないと――――最弱は最強に問う。

 だが、最強は首を横に振り、小さく自嘲の笑みを零してから、一冊のススだらけの小汚い本をB4用紙の横に乱暴に放り投げた。

 

「今日の日付――――つぅっても、日本時刻で五月二日の日記を、読んでみろよ」

 

 京香の放り投げた一冊の本に眼を移す――――そこにある四文字――――真神正輝(・・・・・・・・)――――その名前だけで、テーゼの死んでいた目が輝きを取り戻す。ただし、憎悪に煮え滾る復讐者の輝きだ。

 

「これは真神正輝の書いた本か・・・・・・・・・? 未来日記か・・・・・・・・・本当にあったとはな。ちぃっ、本当に消えて無く(・・・・・・・・・・・)ならないように出来ているようだな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 〈怒る飢え〉と〈吸血騎〉。そして、〈女王〉が雁首揃って〈黒白の魔王〉が残した〈書物〉を残しているのが、解りやすい答えだった。

 〈怒る飢え〉は〈黒白の魔王〉が残した書物を見て、軽く目頭を抑える。

 

「何だかこの本を見ているだけで軽く頭痛がしますね」

 

「私は貧血かな? 頭がクラクラする。健康管理には気をつけているのだが」

 

「まぁ〜そこらへんの獣人や吸血鬼だと、発狂する代物だけど・・・・・・・・・私が言うのも変だけど、お前ら本当にタフだな?」

 

 この本に対して何らかの悪影響を受けてしまうのは、京香は百も承知である。娘と息子に対して幾重にも重ねた結界でコーティングして、ようやくこの本の内容を朗読可能(・・・・・・・・・・・・・)となるほど。そうしなければ一秒で、息子と娘の石像が出来上がる。

 

「うん? テーゼは大丈夫なのか?」

 

 この中で最弱たるテーゼに影響らしい影響が見当たらない。そのことを問う京香に、テーゼは死んだ表情のまま唇を開く。目だけは毒々しいまでに爛々と憎悪で光らせて、

 

「余計なお世話だ。オレは何時でも(・・・・・・)何処でも(・・・・・・)(魔王)に逢っても良いように、準備はしている(・・・・・・・・・)。」

 

オレの惚れた女を殺したクソッタレ野郎は、一度殺した(・・・・・・・)くらいで大人しくなる訳がない。自分の手で殺せる準備を一時でも怠った事は無いと・・・・・・・・・京香は脳内で、テーゼのセリフを変換しながら頷き、

 

「さすが私のお祖父ちゃん♥ カッチョ良い♪」

 

 と、孫っぽく言ってみた。

 テーゼの顔から表情が消去。変人を見るような目で京香に視線を移す。

 

「オレはお前が孫など、百回死んでも認めない、お断りだ、欲しいと頼んだ覚えも無い」

 

 無感情抑揚無く言うテーゼだが、さらに笑みを深める京香。

 

「もぉう♪ DNA鑑定で血縁関係だって判っているから♪」

 

「フン。一〇〇パーセントじゃない。オレは四パーセントに賭ける」

 

 不機嫌に吐き捨てるテーゼに、フェイトは首を傾げて超音波の域まで声を潜めてガウィナに声を掛ける。

 

『何で四パーセントって判るんですか? まるで調べてきたみたいに?』

 

徹底的に調べた後(・・・・・・・・・・・・・・)なのだよきっと・・・・・・・・・・・・』

 

『はぁ〜? 心理戦と詐欺の王様のテーゼさんが、僕らにボロ出しますか? フェイクじゃ?』

 

『う〜ん・・・・・・・・・テーゼに、とって〈日食の女王〉がウィークポイントでは?』

 

 獣人と吸血鬼のヒソヒソ話は聞えないが、雰囲気で察することができるテーゼは懐からいきなり四四口径リボルバーを抜き出すと、獣人と吸血鬼の足元を発砲。弾丸は床を抉り粉砕する!

 

「危ないじゃないですか!?」いきなり発砲するとは思っていなかったフェイト。

 

「・・・・・・・・・冗談がきついぞ? テーゼ? この弾丸、一二教会聖別だな? それも純銀と洗礼した火薬も使っているな?・・・・・・・・・我々を殺す気かね!?」

 

 不死身に近い肉体を蹂躙できる弾丸を放つ屍人に、獣人と吸血鬼は一斉に文句を言うが、

 

「――――ゴチャゴチャ煩い」

 

 視線だけで判った・・・・・・・・・黙らせる手段は一〇〇通りあるぞ? と、結構長い付き合いのある知人に対して脅していた。

 

「あぁ・・・・・・・・・もうさぁ? すぐ暴力で解決するなよ? ホント? ぶっちゃけ、お前らってすぐ暴力で片をつけようとするし〜? 今は話し合いじゃないのかよ?」

 

 ――――アンタガイイマスカ?

 驚きを隠せない獣人と吸血鬼。

 

「お前が言うな」と、屍人は斬って捨てる。

 

「それで? このファイルとクソ正輝の本が、何の関係がある?」

 

「うん。まずそれを見てくれ」

 

 言われるままテーゼはファイルに目を走らせる。ただ書いている内容はたった一行。

 

 真神郷華。第一子出産。名前〈?〉

 

「何の冗談だ?」

 

「いや、マジだよ。あんたの娘――――てか、私を産んでくれた母親は名前が不明なんだ」

 

「〈クラブ〉の情報網を使ってこれか?」

 

「そっちはどう?」

 

「〈聖堂〉に所属した形跡を見つけた」

 

――――やっぱトコトン調べていたんだ・・・・・・・・・と、呆れたようにテーゼを見るガウィナとフェイト。

 

「うん、まぁ〜こっちも〈連盟〉と〈聖堂〉の両方に席を置いた程度しか足跡を見つけられなかった。これだけ調べて〈これっぽっち〉なんだ――――そして、これだけじゃ意味が無い。クソ正輝がご丁寧に置いて行った〈置き土産〉を見つけなきゃいけない」

 

 歯軋りしながら京香は〈真神の書〉のページを捲る。日本の日付で五月二日――――そのページを朗読する前に京香は、三人に視線を移してから、

 

「お前ら? キレるなよ?」――――そう前置きしてから読み出した。抑揚無く。だが――――〈黒白の魔王〉の声が幻聴してしまう――――否、この空間にあたかもたった今、現れたかのように。

 

「『登場が遅れてすまない(・・・・・・・・・・・)。やぁテーゼ。そして〈吸血騎〉と〈怒る飢え〉。サミットご苦労様』」

 

 その最初の一行で、空間は一気に歪む。

 

「反吐が出る」

 

 〈怒る飢え〉が呟く。その痩せ細った身体から獣気が立ち上り、全身に殺気が放たれると共に生気が満ちる。

 

「死んでも憎しみが止まらないな」

 

 静かに――――出来る限りの怒りを殺して囁く騎士。だが、テーブルの円卓の端が彼の握力によって抉り取られる。貴族として騎士として決してする事が無い・・・・・・・・牙を剥くような表情となる。

 

「虫唾が走る」

 

 溜息とともに吐き捨てるテーゼ。だが、目だけは爛々としている。死んでいる男に似つかわしくないほど、轟々と業火の如く。

 

「『三人とも? ご挨拶だな? 〈怒る飢え〉? 僕は正当防衛したまでさ? 最長老の〈息子〉だったかな? 君の師を殺したのなんて、人差し指で刺しただけだよ(・・・・・・・・・・・・)? おいおい?〈吸血騎〉? 君が未だに僕を恨む理由が判らない。たかが一〇〇匹(・・・・・・・・)ほど吸血鬼を殺したのがそんなに腹の立つことかな? あの中に君の知人でもいたのかな? それにテーゼ? あの老婆を微塵切り(・・・・・・)にしたのを未だに怒っているのかい? 君だって言っていたじゃないか? 〈殺したいほど腹が立つ女〉って? 手間が省けただろ?』」

 

 三人は申し合わせたかのように、京香の背後で全てを見下す笑みを浮かべる男を睨む。

 

「『まぁ、雑談はここまでにしようか? 実は、だ。君らが暇なんじゃないかと思って、僕は面白い実験を《時間差》で始動するようにセットしているんだ』」

 

 三者の反応を見渡すように――――間を置くように、文章はそこで改行。

 

「『その実験っていうのは蘇生魔術だ。まぁ、死んだ人間を蘇らせるってやつだ。ナターシャの真似事をしてみたくなったのさ』」

 

 ――――思い付きだから、成功するとは思わないけどね。と、文字を添えて、

 

「『まぁそれが成功すれば、どうなると思う? 僕が蘇るかもしれないって思うかい? ふふふふ、大丈夫さ? 僕はいつも君たちを見守っているよ』」

 

 最後の文章にとうとう女王はキレた。背からフレアが踊り、いっきに室温が跳ね上がる。だが、もうこの部屋の空気は殺気の炎、憎悪に滾る騎士、殺意を研ぐ灰狼、絶対零度の復讐を誓う地獄の亡者たちにより、テーブルは破壊され、酒杯は独りでに砕け散りものがあれば、独りでに両断されたもの――――中に入った液体は一瞬のうちに凍ったと思えば、瞬く間に気化していく――――。

 

「『まぁ、暇なら捜してみるといい。そこにきっと《面白い人物》がいる・・・・・・・・・テーゼの娘がね? その子に逢えたら僕も逢いに行くよ』――――と、これで終わりだ」

 

 深々と溜息を吐いて、女王は三人を見渡すと、あたりのひどい残状に顔を顰めた。

 テーブルは壊れているは、酒杯のグラスは細切れにされているは、砂になるまで粉砕されているは、液体は蒸発と氷結と理由の判らない状態となっている。

 

「まぁ、私たちって随分、《大人》になったな。《前回》はこの手の話でちょっと、洒落にならない位壊したしな」

 

「・・・・・・・・・反省はしている」バツが悪そうにガウィナが言い、「まぁねぇ・・・・・・・・・」肩を竦めるフェイト。だが、テーゼはすぐに何時もの無感情の仮面で装甲し、

 

「それで? 何が言いたい? まさか俺達にクソ正輝の魔術を妨害しろとでも言うのか?」

 

 しかし、首を横に振る女王は、

 

「いや、逆。テーゼには絶対、私の産みの母親を捜さないで欲しい(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「まぁ、私が大叔母様の手紙を渡した手前、こんな事を言うのは何だけど――――」

 

「言い訳はいい。理由を話せ。そして俺は捜す気などない」

 

「うん・・・・・・・・・何かさぁ? こいつ? 私とテーゼに捜させようとしていないか? そこが臭いんだよ。それに、だ。何だか最近、きな臭い動きが見え隠れしてるしさ? 業魔家のクソ影と連動するようにこのクソ正輝のクソ日記。それに何より――――」

 

 ふぅ――――と、呼吸を整える京香。

 

「《聖堂》の巻士が何を考えているのか、《聖堂》を裏切った」

 

「はぁあああ!?」と、絶叫したのはガウィナ。

 

「どう言うことだ!? 女王陛下!? と、いうより、散々前フリをだらだら垂れ流した上、水面下でドロドロしたことが起きるぞ? と、匂わせながら、何かね!? その衝撃的現在進行形な真実は!? 何故かね!? どうしてメインの話に持っていく!?」

 

 ガウィナの絶叫を聞き流しつつ、さらに続ける京香。

 

「杖のジジィも死に腐りやがった」

 

「俺より腐ってるから死んで当然だ」

 

「いや!? あんたその〈杖〉って、〈昔からの知り合い〉って前に言ってたじゃないですか!? 〈幼馴染み〉だって言ってたじゃないですか!? 何でそんなに淡白に!?」

 

当たり前のように感想を漏らす反対命題に、目を剥くのは怒る飢えのフェイト。

 

「それより、さっさと言え。何故、この俺に、百億分の一程度しか確率の無い娘を捜すなと言う?」

 

 本人は気付かないのか、捜したくて捜したくてうずうずしているような言語を優しくスルーしながら京香は応えた。

 

「全部、正輝の仕業って言えば言いか? まぁ、都合の悪い事は全部、正輝のせいにしてる訳じゃないが、いや! 悪いな。うん、悪い。私が幾ら言っても懲りずにプロポーズしてくる男共と、最近語尾に「結婚してください」って言う娘の担任で変態教師がいるから、ちょっと娘の身を心配しているのも全部、正輝のせいだ。うん」

 

 すげぇ聞き捨てならないセリフに、暴力世界の三強は一斉に「えぇ〜?」って表情になった。

 

「くそ・・・・・・・・・レオナードですら頭が痛いのに・・・・・・・・・ガウィナ? ガラ坊のお供にあいつ連れてるのか? もしそうなら、ますます日本に帰り難いぞ?」

 

「いや、その、えっと、まぁ・・・・・・・・・話を元に戻しましょう、女王陛下? 何故あなたの産みの母親を捜すのは、ダメだのですか?」

 

 ガウィナは自分自身を誇るような気持ちで一杯だった。もちろん、反対命題と怒る飢えはその行為に、京香に見えないように勘付かれないよう、心から賛美していた。

 

「うん? あぁ・・・・・・・・・それはだな? “正輝が誘っている”ように感じるからだ。このバカ、もしかしたら私の産みの母親に痛い目合ってるじゃないのか? それも、かなり大打撃の超強烈な罠に嵌められたと思うんだ。だって、そうじゃなきゃ、〈当時〉の〈神殺し(私たち)〉六人と対決した時、あいつの部下がたったの五人しかいないのは、筋が通らない。鳥山明のドラゴンボールの世界観に出てきそうな強さと正比例した変態で、女子高生は「あぁ・・・・・・・・・時を止めてこの甘さと酸味の効いた、存在を自分だけのものにしたい」って言う危ない奴だ。きっと、私の娘が気に入っているような文章を書いているのも、奴のクソ変態趣味がそうさせていると見たね。世界を滅ぼして、女子高生だけの世界を作りたがるような変態だ・・・・・・・・・って、また話がそれたな。まぁ、それはさておきだ。当時を思い起こせば・・・・・・・・・まるで誰かに――――そう、誰か(・・・)(・・)お膳(・・・)立て(・・・)した(・・・)みたく(・・・)誰か(・・・)()精根(・・・)込めて(・・・)見えない(・・・・)場所(・・・)()隠れた(・・・)場所(・・・)()私たち(・・・)()サポート(・・・・)して(・・)くれなければ(・・・・・・)、私達は絶対に〈黒白の魔王〉に届くはずが無かったんだ――――そう、昔は自分たちの実力だ! 底力だ! って能天気に思ったけど・・・・・・・・・今を振り返れば、そんな虫のいい話があるわけが無い。そんなに王道の物語なんてあるわけが無い。荒唐無稽な展開なんてありえるはずが無い。そんな荒唐無稽のハチャメチャ加減はテニスの王子様のダブルノックダウンだけで充分だっつぅの」

 

 揶揄と隠喩が使われ、日本の漫画文化が判らない三人は首を傾げるだけだった。

 

 

 

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